AIイラストを使用した企業の炎上事件があとを立たない。
近年ではAIイラストを広告等に使用した、ローソンやマクドナルド、スギ薬局が炎上し、広告の掲載を取り止めている。
しかしながら筆者も含め、このAIイラストを原因とする炎上事件はいまいち何が問題視されているのかピンとこない方も多いのではないだろうか?
そこでこのAIイラスト炎上事件に関して、趣味・生業としてイラスト制作に関わっている全国の男女52人と、イラスト制作に関わっていない一般回答者248人にアンケート調査を実施することにした。
ちなみに本稿では、趣味や職業としてイラスト制作に携わっている人と、イラスト制作には関係ない一般の回答者とでは、見解が異なるものと予想されるので、両者をわけて見ていくことにする。
早速だが、本稿の要旨を先にお伝えしておくとこのようになる。
▼本調査の要点
・AIイラスト炎上事件はイラスト界隈の関心度は高いが、世間とは温度差
・AIイラストが炎上する最多理由は、「著作権の観点」
・ただしAIイラストが著作権を侵害しているかは多くの場合で疑問
・AIイラストの販売や商用利用は冷ややかに見る人が多い
・AIイラストの活用自体は問題視しない人が多い
本稿を読めばAIイラスト炎上に関わる顛末が理解できるだけでなく、2024年時点での人々のAIイラストに対する受け取り方が把握できる。
それではじっくり見ていくことにしよう。
AIイラストの炎上事件に対する関心度はイラスト制作者のみ高い
まずはAIイラストの炎上事件に対する関心度から見ていくことにしよう。
結果は、イラスト制作側の回答者と世間一般回答者の間には、かなり温度差があることがわかった。
つまりイラスト制作者の85.6%が炎上事件に少なからず関心を寄せているのに対して、イラスト制作に関係のない一般回答者の関心度は39.7%に止まった。
仮にイラスト制作をビジネスや生活の糧として考えたとき、イラストレーターと生成AIは一種の競合関係にあるので、こうした炎上事件への関心が高いのはうなずける。
一方で世間の人はというと、6割の人がこうしたAI生成イラストを取り巻く炎上事件にたいした関心は持っておらず、日常で流れてくる数多のニュースのひとつくらいの感覚で見ていることがわかる。
あくまでAIイラストの炎上事件は、2024年時点ではイラスト界隈を中心に盛り上がっており、世間一般を巻き込むほどのものではないことがうかがえる。
AIイラストを起用した企業等が炎上する理由は「著作権」解釈のあいまいさ
ではなぜ生成AIを用いたイラストを、企業や団体が起用すると炎上するのだろうか?
その理由を聞いた結果が下図だ。
もっとも多かったのは「著作権の観点」という理由で、その他の理由もイラスト制作者と一般回答者でおおむね一致している。
だが「個性・オリジナリティがない」や「人間の仕事を奪う」などの理由は、一般回答者とイラスト制作者で割合の大きな差異が見られる。
以下、炎上理由として挙げられたものをいくつかピックアップして詳細を見ていくことにする。
【炎上理由1】著作権の観点
一般回答者とイラスト制作者の双方から挙がった炎上理由としてもっとも多かったのは、「著作権の観点」という理由だった。
具体的に回答者の言葉を借りると、このような理由となる。
「AIの学習元となるイラストに許可を取るのが難しかったり、不明瞭な部分が大きいから」(24歳女性、非イラスト関係者)
「AIが学習に使用した絵は、その著作者がAI学習に同意をしていないため。個人が鍛錬によって身に着けた絵柄や絵画技術はその人唯一の知的財産のように保護されるべきだと思います」(43歳女性、イラストレーター)
少し補足説明をすると、現在生成AIとして流通しているStable Diffusionをはじめとする機械学習タイプのAIは、大量の既存のイラストのデータを解析し、その解析データに基づき「窓辺に悲しげに立つ女性」など指示されたイラストを推論し、生成する仕組みになっている。
つまりAIが生成するイラストは、膨大なイラスト作品が礎になっている。
この何万・何十万という膨大なイラストデータをAIが学習して解析する際に、それぞれの著作権者に許諾をとることはもはや非現実的と言ってよく、無許可で行われているのが現実だ。
こうした背景もあり、「AIが生成したイラストは著作権侵害になると思うか?」という問いには、イラスト制作者の69.2%、一般回答者の56.5%が権利侵害と見ている。
確かにイラストレーター側の目線に立てば、自分の作品が無断で使用されていることに変わりないわけで自然な言い分にも思える。
だが、この「AIが既存イラストを学習に使うのは著作権侵害では?」という言い分は通らない公算が高まっている。
というのも文化庁が示した「AIと著作権」という指針によると、生成AIが学習元となるイラストを利用することを著作権侵害とは考えていないようだ。
「AI開発のための情報解析のように、著作物に表現された思想又は感情の享受を目的としない利用行為は、原則として著作権者の許諾なく行うことが可能です(権利制限規定)。」
つまりAIが既存のイラスト作品で「学習」することは、著作権の観点からは問題ないということになる(※特定のイラストレーターの作品からのみ学習させる場合は著作権侵害になる可能性がある)。
また同資料では、AIがイラストを生成すること自体も、AIが生成したかうんぬんではなく、既存作品との「類似性・依拠性」が認められない限りは著作権侵害にはならないという見解だ。
わかりやすくいうと、誰が見ても明らかにパクったとわかるものはアウト(そうでないものはセーフ)、ということだ。
この見解に立つと、あくまで著作権の観点では、AIイラストの主だった炎上理由には論拠が乏しいことになってしまう。
ただし法律論はともかく、たとえば論文や小説等でも、参考にした文献があれば、「参考文献」として巻末に著者と著作名を明示するのが慣例であり、一種のマナーとなっている。
生成AIはこうした慣例やマナーの枠外にある存在だ。
そのため法律論うんぬんより、これまでの慣例が無視され、イラスト制作者たちの感情を逆撫でているというのが、より正確なところではないだろうか。
【炎上理由2】個性・オリジナリティが希薄
次にAIイラストが炎上する理由として一般回答者から多く挙がったのは、「個性・オリジナリティが希薄」(20.6%)というものだ。
具体的には、このような理由になる。
「どこかで見たようなイラストになることが多いから」(50歳女性、非イラスト関係者)
「あくまでAIによる生成であり、そこに作者の個性が見いだせないため」(35歳男性、非イラスト関係者)
特に人物イラストをAI生成する際、LoRaという「モデル」が使われるのが一般的だ。
このLoRaは公開されているものも膨大にあり、同じLoRaを使うと同じような顔をした人物のイラストが生成される。
つまり同じLoRaを使って生成すれば、Aという人が生成してもBという人が生成しても、まったく同一にこそならないが、似たようなものができあがるということだ。
一方でこの個性やオリジナリティは、イラスト制作者側からはわずか9.6%しか炎上理由として挙がらなかった。
そもそも作品に個性やオリジナリティをもたせるというのは、制作サイドの目線からすれば当たり前にできることではない。
むしろ自分の作家性の強い作品がクライアントにいつも喜ばれるというわけでもなく、「○○さんのこのイラストのようなタッチでお願いします」のような、その人の作家性を封印するかのようなイラスト発注も当たり前のように行われている。
このような背景もあり、イラスト制作側からすればAIイラストの「個性・オリジナリティがない」という点は、炎上するほどの理由には見えなかったと考えられる。
【炎上理由3】制作の労力がない
一般回答者からは3番目(18.5%)に、イラスト制作者からは2番目(19.2%)に多かった炎上理由が「AIイラストには制作の労力がない」というものだった。
具体的には、このような理由だ。
「あまり苦労せずイラストを作ることになるため、AIだとわかる人には手抜きと見なされるのだと思う。それによって利益を得るのもずるいと思われていそう」(22歳女性、イラストレーター)
「プロのイラストレーターは培った技術と労力により対価をもらっているが、AIはそれらを飲み込んで似たものを生成しているだけだから」(26歳女性、非イラスト関係者)
イラストレーターに1枚絵を発注したときに示される納期は、おおむね1か月が相場だ。
もちろん1か月間ずっとそのイラストだけをやっているわけではないが、イラスト制作にはラフスケッチから塗りまで結構な労力がかかっている。
一方で、生成AIはプロンプト(こういうイラストを書きなさいという命令文)の調整は繰り返すものの、生成自体は1分もかからないうちに複数枚を生成できる。
実際にこうしたスピードの違いと圧倒的な物量により、某イラスト投稿サイトでは、AIイラストがサイトを占拠してしまい、人の手によるイラストが埋没してしまうという事態を引き起こしている。
自分がいいと思ったものは、せめて人の手によって産みの苦しみを経て、世に出てきた作品であってほしいと願う気持ちは多くの人が理解できることだろう。
それは自分が「このイラストいいな!」と思ったものが、AIイラストだったときにちょっとガッカリするという心理を考えても同じだ。
以上がAIイラストが炎上する理由の主な理由だが、ほかにも興味深いものがあった。
中でも巷でよく言われるように「AIが人の仕事を奪う」ということに関して、イラスト制作者側はわずか1.9%しか炎上理由として挙がっていなかった。
生成AIとイラストレーターは商売敵の関係にあると書いたが、イラストレーターである当事者はそう考えていない回答者が多かった。
この詳細な理由は不明だが、少なくともイラスト制作者側の「やっかみ」のような感情から炎上が起こっていると考えるのは、無理がありそうだ。
AIイラストと二次創作のどちらが悪質なのか問題
さてここまででAIイラストが炎上するもっとも多い理由は、AIの学習材料に使用されるイラストレーターたちがないがしろにされることへの反発であることがわかった。
しかしながら、世の中には「同人作品」という既存のアニメや漫画のキャラクターを著作権者の許諾なく使用した二次創作というものが存在する。
もちろん著作権の観点でいえば、二次創作は著作権者の許諾を得ず勝手にキャラクター等を使用し、同人誌のような形で販売までしているわけで、グレーどころか完全にアウトである。
しかしながらいまのご時世で同人作品に対し「権利侵害だ!」という理由で炎上するケースは、ほぼ見当たらない。
AIイラストも二次創作も著作権者の許諾を得ていないのは同じで、二次創作は完全に著作権侵害だが炎上せず、AIイラストは著作権的にはクリアしているにも関わらず、企業等がAIイラスト使用すると炎上する。
このように見ると、AIイラストの炎上は少々奇異なものにも見えてくる。
一体この二次創作とAIイラストは、どちらが悪質だと考えられているのだろうか?
このことを聞いてみると、一般回答者とイラスト制作者では回答がかなり異なる結果となった。
まずイラスト制作に関係していない一般回答者では、「同人作品のほうが悪質」と見る人が42.3%を占めたのに対し、「AIイラストのほうが悪質」と回答した人は16.1%に止まった。
つまり一般的な感覚からいえば、「同人作品」のほうが著作権侵害として悪質という見方が大勢になる。
一方で、イラスト制作者の目線から見れば「同人作品のほうが悪質」と回答したのが30.8%に対し、「AIイラストのほうが悪質」と回答した人が36.5%となった。
つまりイラスト制作者の目から見れば、AIイラストの権利侵害の悪質さのほうがやや上回るということになる。
どうしてこのような一般回答者とイラスト制作者間でズレが起こるのかというと、昨今の漫画やアニメの多くは二次創作をある程度認めているから、という背景が考えられる。
もちろん厳密な法律論でいえば、二次創作はアウトであることに変わりはないが、著作権侵害は著作権者からの訴えがあってはじめて問題化する。
その著作権者本人が作品を貶めたり、作品世界を壊すような内容でないなら、「二次創作をしてもいいですよ」と言っているのだから、著作権侵害ではあるが問題化しないというグレーゾーンができあがる。
自身や周囲に二次創作をやっているイラストレーターがいるなら、当然このあたりの事情は熟知しているわけで、AIイラストのほうが悪質という回答が増えたものと推測できる。
ただしあくまで一般的な感覚でいえば、著作権者のざっくりした容認こそあるが個々の二次創作物への許諾はないわけで、少なくともそのグレーゾーンで利益を得ているイラストレーターは、AIの権利侵害をどうこう言える立場なのか?という当然のツッコミは避けられないだろう。
さてここまででAIイラストはなぜ炎上するのか?という問いに、一定の答えを示せたと思う。
では次章からは、AIイラストと今後我々はどのように向き合っていくべきなのか?を見ていくことにしたい。
AIイラストと今後どう向き合うべきなのか?
少し目線を転じて、イラストを発注する側の立場に立つと、納期は早いし、コストは安いし、生成AIを活用する魅力はかなり大きい。
もちろん人が制作したイラストだからこそ出せる、表現や情感があるのは間違いない。
だが売れるかどうかもわからないテスト商品のパッケージや、予算やスケジュールがひっ迫している広告制作の現場などで、AIイラストが起用されるケースが今後より一層増加する流れになるのは自然だ。
だがAIイラストの受け手は、AIイラストをどのように受け取るのだろうか?
炎上という過激な反応は、先に見た一般回答者の関心度の低さから言って、イラスト界隈(イラストレーターやそのファン)の一部の人たちによって起こされていると見て間違いない。
そうした過激な反応ではなく、より一般的な受け手の視線をさまざまな観点から掘り下げて見ていくことにしよう。
AIが生成したイラストを販売するのは「問題がある」と見る人が多い
まずはAIイラストを販売して利益を得ることについてどう思うか?を問うた。
その結果、一般回答者の60.6%、イラスト制作者の78.8%が少なからず問題視していることがわかった。
AIイラストのクリエイターも学習モデルを組んだり、プロンプトを調整したりと少なからぬ労力は払っているが、収益を受け取ることには冷ややかな目が向けられるようだ。
これはAIで生成したイラストは、あくまで創作物ではなく著作権がないものとして扱われる流れと合致しているように思われる。
2024年時点で、AIイラストで収益を得ようとすることは歓迎される状況ではないようだ。
AIの生成イラストの広告やパッケージも問題視する人が半数超え
では企業やアーティストなどが、AIイラストを広告やパッケージに使用することはどうか?
結果は、一般回答者の54.8%、イラスト制作者の73.0%が少なからず問題視していることがわかった。
これはこれまで見たように、AIイラストは「著作権侵害」と認識している人が多いことに起因するものと思われる。
つまり企業活動やアーティスト活動として、「権利関係があやしいものを使用するのはいかがなものか?」という見方だ。
しかしこれまで見たように、文化庁が示した指針に従えば「AIイラスト=著作権侵害」とは言えない(※特定のイラストレーターからのみ学習モデルを生成したり、既存のイラスト作品に意図的に寄せていない限り)。
このように法解釈で使用側と受け手側にズレがあるので、AIイラストを積極活用できるような状況とは言いがたいが、AIイラストを使用する企業やアーティストが増えれば自然に解消していくようにも見える。
イラストレーターがAIを創作手法に取り入れることは「問題ない」
では次に、イラストレーター自身が生成AIを創作手法に取り込むことはどうか?
もっと具体的にいうと、「人物は自分で描き、背景のみAIに描かせる」であったり「自身が過去に描いたイラストをAIに学習させ、自身の作風のイラストを生成すること」だ。
結果は、一般回答者の69.9%、イラスト制作者の65.4%が許容していることがわかった。
イラスト制作者側も半数以上が、自身の創作物に生成AIを取り入れることを問題視しておらず、生成AIをイラストレーターが使い作品を作っていくことは広がりやすい土壌にあると言える。
一方で、「もし自分も生成AIを使える環境があれば、生成してみたいか?」という問いにはこのような回答になった。
一般回答者の51.6%は、環境があれば生成AIの使用になんらかの興味を示しているが、イラスト制作者では、興味を示した割合が32.7%まで落ち込んだ。
あくまで他のイラストレーターの作品に生成AIが使われていても問題ないが、自身の作品に生成AIを活用しようとするイラストレーターは少数派であることがわかる。
イラスト制作者からすれば、「自分で描けるのに、わざわざ生成AIを使う理由がない」という見方が支配的なようだ。
AIが生成した漫画・アニメでも「面白ければ観る」人が最多
では一視聴者の立場として、AIが生成した漫画やアニメに対してどういう立場をとる人が多いのだろうか?
結果は、一般回答者・イラスト制作者双方の半数程度は「内容がよければ観る」というスタンスだった。
一般回答者からすれば、AIが生成していようと人が作っていようと「面白ければ見る」というスタンスの人が最多になるのは自然な結果だ。
一方で、イラスト制作者も生成AIには慎重なスタンスをとる人が多かったが、「AIという時点で観ない」(21.2%)という強硬な姿勢を持っている人は少数であることがわかる。
今後ゲームやアニメでも生成AIが活用されていくことが予想されるが、多くの視聴者側のスタンスに「AIだから~」うんぬんという偏りは少ないようだ。
AIイラストの今後に世間はあまり関心が高くなく、クリエイターの見方は割れる
では最後に、今後AIイラストはどうなっていくべきか?という点を問うた。
一般回答者の55.2%は「無関心」という結果だったが、イラスト制作者は「活用する人や企業が増えてほしい」という推進派と、「イラスト市場から淘汰されて廃れてほしい」という反対派が同じ38.5%の割合になり割れた。
先ほどの視聴者としてのスタンスでも一般回答者は「面白ければAIであろうが、人であろうがどっちでもいい」という一貫性があるが、イラスト制作者側の未来の見方が真っ二つに割れたのは意外な結果だ。
特にイラスト制作者の中に「AIイラスト推進派」が反対派と同数いるというのが興味深く、自身の制作のサポートツールになることを期待している向きもあるのかもしれない。
まとめ
以上が、AIイラスト炎上事件を取り巻く理由と、2024年時点でのAIイラストのあり方を調査したレポートだ。
最後に本調査の要点をおさらいしておくと、このようになる。
▼本調査の要点
・AIイラスト炎上事件はイラスト界隈の関心度は高いが、世間とは温度差
・AIイラストが炎上する最多理由は、「著作権の観点」
・ただしAIイラストが著作権を侵害しているかは多くの場合で疑問
・AIイラストの販売や商用利用は冷ややかに見る人が多い
・AIイラストの活用自体は問題視しない人が多い
今回の調査結果は数年後に追跡調査をすると、ガラっと違った結果になる可能性がある。
2024年時点でのAIイラストに対する人々の視線という意味でも、興味深い調査結果と思っていただければ幸甚だ。
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