「前リュックも邪魔」
「前リュックもマナーが悪い」
これらの言葉に、通勤バッグでリュックサックを使用しているリュック派たちに激震が走った。
混雑する電車の中で周囲に配慮して前リュックをしていたはずなのに、いよいよそれすらもNOを突きつける最後通牒が発せられたのだろうか?
本稿はこの満員電車での前リュック問題を、毎朝満員電車で通勤している全国のリュック派115人、非リュック派118人の男女233人に問うた調査レポートだ。
2024年の満員電車での前リュック問題の現在地
まずは本稿の前提となる、満員電車での前リュック問題の経緯を、ザっとおさらいしておきたい。
いつからかは定かではないが、満員電車にリュックサックを背負ったまま乗車することは、「マナーが悪い」という認識が定着した。
確かに混雑する電車内に、リュックサックを背負って座席前に立っている人がいると、座席から乗降口に向かう人の進路をピタリと塞いでしまう。
また乗降口の近くに立っていても、背中のリュックサックが座席に座っている人を横から圧迫したり、幅をとって乗り降りする人の通行の妨げになってしまう。
そこで各鉄道会社も「混雑時にはリュックサックは、体より前でお持ちになってください」などの車内アナウンスを入れたり、啓発ポスターで呼びかけ「満員電車では前リュック」というマナーは定着したかに見えた。
しかしながらここにきてSNSや一部の報道で、「前リュックも邪魔であることに変わらず、マナーが悪い」という声が聴かれるようになってきた。
またこれを受けて一部の鉄道会社では、前リュックを推奨する車内アナウンスや啓発ポスターも消えている。
つまり通勤バックとしてリュックサックを愛用している人たちは、まさに鉄道会社に手の平を返されたような恰好となり、「じゃあオレたちは一体どうしたらいいのか?」と行き場を失ないかねない状況になってきているのだ。
これが2024年現在の満員電車での前リュック問題の概要だ。
そこで本稿では、この「前リュック問題」の善後策を講じるべく、満員電車で通勤している全国の男女233人にアンケートを実施することにした。
本稿ではそのアンケートの調査結果に基づいて、リュックサックで通勤をしている人はどうするべきかを考えていくことにしたい。
【結論】満員電車では堂々と「前リュック」しておいて問題ない
早速だが結論からいうと、2024年現在では満員電車で前リュックにしておいて問題ない、ということができる。
というのも、満員電車で通勤している男女233人に「満員時の車内でリュックサックをどう持つべきか?」を問うたところ、「前リュック」が圧倒的多数が支持する適切な持ち方となった。
ちなみにこの「前リュック」支持派の60.1%という数字だが、前リュックを推奨することを取りやめた鉄道会社が代替案として推奨している「荷物棚」(16.7%)や「手に持つ」(9.4%)よりも、3.5倍以上の支持を集めている。
実際の回答者の声を紹介すると、主だった声にはこのようなものが多かった。
「リュックを前に抱えるようにしてくれると、後ろが通りやすくていいと思います」(39歳、男性)
「体の前にリュックサックを持ってきておいたほうが防犯上でも安全だと思います。そして邪魔にならないようにする心掛けが感じられると思います」(22歳、女性)
もちろん今後「前リュックもNG」という論調が支配的になれば、前リュックの支持者が減少していく可能性は考えられる。
だが少なくとも、2024年現在では「前リュック」はいまだ、多くの人からの支持を得たリュックサックの持ち方であることは間違いない。
満員電車でのリュックサックの持ち方ごとの好感度
これで本稿としてのおおよその結論は出たので、もし「前リュック」でいることに不安を覚えた方は安心してもらってかまわない。
ただし「前リュックが絶対的な正義か?」と問われると、そうとも言えない一面がある。
そこで満員電車でのリュックサックの持ち方への好感度を、持ち方のパターンごとに深掘りしてみた。
以降は、リュックサックの持ち方ごとの好感度を紹介していく。
また通勤バッグにリュックサックを使用している人と、リュックサック以外のバッグを使用している人とでは、結果にいささか差異も見られたのでリュック派と非リュック派をわけて見ていくことにする。
満員電車での「前リュック」は8割前後が好感
まずは件の「前リュック」の好感度から確認してみると、非リュック派の88.1%、リュック派の86.9%から「やや好感」以上の評価を得た。
先にお伝えすると、これから触れるさまざまなリュックサックの持ち方の中で2番目に高い好感度となり、満員電車内の振る舞いとしては、十分良識のある振る舞いといえる。
「後ろの人にぶつけないようにしようという配慮を感じるから」(39歳女性、非リュック派)
「座っている人の前に立っている人であれば、前にリュックを持っていた方が効率的に空間を満たせていると思うので好感が持てます」(30歳女性、非リュック派)
このように前リュックには、周囲への配慮とデッドスペースの生まれにくさを好感する声が目立った。
一方で、あくまで2割前後の少数派ではあるが、「前リュック」を迷惑に感じている人の声にも目を向けておくと、このような声だった。
「通路部分であれば座っている乗客の上のスペースを活用できていいが、それ以外では邪魔になるから」(39歳男性、リュック派)
「気をつかって前にもっているのだと思うが、それに満足しているのか、人を避けたりしない人が多い」(29歳女性、非リュック派)
確かに座っている乗客の前で、前リュックで立てばデッドスペースを生まないが、座席付近以外だと前リュックでも足もとにデッドスペースが生まれ、実質2人分ほどのスペースをとっていることに変わらない。
また前リュックであっても、乗降口のドアが空いたときスペースを譲らなければ通りにくいことに変わりはない。
今回の調査を通して、満員電車でのリュックサックが槍玉にあげられる根底には、この「デッドスペース」がキーワードになっている可能性が高い。
「大きさにもよりますが、リュックがなければまだ人が乗れるのに…と思ってしまいます」(57歳女性、リュック派)
つまり乗客同士の体が密着し、圧迫し合っている満員電車の限りあるスペースを、リュックサックがいたずらにスペースを占有していることへの苛立ちだ。
このことについては、後述する。
いずれにしても前リュックは8割前後の乗客から好感される持ち方であることは疑いないが、可能な限り座席前の場所まで詰め、座席から降りる人が出たときはスペースを空ける最低限の配慮は必要だ。
満員電車でリュックを背負うのは9割以上が不快感
次にリュックを背負ったまま、満員電車に乗車する持ち方の好感度はどうだろうか?
結果は、非リュック派・リュック派の9割以上から「迷惑」判定を受けた。
もちろんこの背景があるから、「前リュック」という新しい乗車マナーができたわけで、当然といえば当然の結果だ。
2024年現在にあって、もはや満員電車にリュックを背負ったまま乗り込もうとすると、ただちに「迷惑客」判定を受けてもおかしくない状況が確認できた。
満員電車でリュックを荷物棚にあげるのは9割近くが好感
次に座席スペースの上にある荷物棚にリュックサックをあげてしまうのはどうか?
結果は、9割以上から好感される結果となり、今回の調査のなかではトップの好感度となった。
先ほど理想的なリュックサックの持ち方で、この荷物棚にリュックサックを置くという対処法はトップの「前リュック」から大きく溝を空けられる2位の座に甘んじた。
だが、好感度はご覧の通りトップ当選となっている。
これは荷物棚のスペースにリュックサックを置くのが理想的であるのは周知の事実だが、乗客同士の体が密着するほどの満員電車では、荷物棚が埋まっていたり、荷物棚の位置まで移動できないケースも多発する。
そのためより現実的などの位置でもリュックサックをもてる前リュックが支持されたものと考えられる。
一方で荷物棚を利用するのは、自分の思い通りに動けない満員電車では思わぬ危険を伴うこともある。
つまり、荷物の上げ下ろしの際にほかの乗客にリュックサックを当ててしまったり、リュックサックを置いた荷物棚の位置から降車する人の流れに流されてリュックサックが取れなくなるリスクである。
こうした危険はあるものの、現在鉄道会社が推奨している「荷物棚に置く」というリュックサックの対処法は、ほかの乗客目線からすると好感度がもっとも高い結果となった。
満員電車でリュックを手で持つのは賛否がわかれる
続いて、荷物棚と同様に鉄道会社が現在推奨している「リュックサックを手に持つ」という対処法はどうだろうか?
結果は、「リュックサックを手に持つ」という対処法は、やや好感する回答者が過半数で上回ったものの賛否が分かれた。
というのも、先ほどのデッドスペースの観点で見ると、リュックサックを体の横に手に持って状態だと、前後ではなく左右に1人分くらいのデッドスペースが生じてしまう。
またリュックサックを足の前あたりで手で持ったとしても、頭部から腰にかけてデッドスペースが生じてしまう。
一方で、どうせ圧迫されるなら前リュックをしている人に胴体部分を圧迫されるのではなく、脚部を圧迫されたほうがマシという見方もある。
なによりリュック派の人からすれば、乗車中ずっとリュックサックを手に持っているのは、リュックの「両腕がフリーになる」という利点を台無しにすることになるので、受け入れがたく感じるのも無理はない。
ただ鉄道会社が善後策として推奨するほど手にリュックを持つのは、乗客目線から見れば好感されていないことは確かだ。
満員電車でリュックを足もとに置くのも賛否がわかれる
最後にリュックサックを足もとに置いてしまうという対処法はどうか?
これも先ほどの「リュックを手に持つ」と同様に、賛否がわかれる結果となった。
リュックサックによって生じるデッドスペースの観点から見ると、先ほどの「リュックを手に持つ」と同様の状態になる。
また乗客同士が密着して足もとがよく見えないところにリュックサックが置いてあると、つまづいたり蹴っ飛ばしてしまう恐れもある。
またリュック派の当人たちは、電車内の足もとに置くとリュックが汚れるという懸念が生じるのは自然だ。
このリュックを足もとに置くという対処法も、多くの人から支持されるような対処法ではないことがわかる。
以上のことを踏まえると、やはり満員電車では「前リュック」で乗車しておくのが、現実的で不興を買わないマナーということが再確認できる。
わざわざリュックサックを使わなくても通勤できる人が多い
ところで、「なんで通勤バッグにリュックサックを使っているというだけで、ここまで肩身の狭い思いをしなければならないのか?」と思われる方もいるかもしれない。
確かに鉄道会社が定める規則を破っているわけでもなし、前リュックをして配慮も見せているわけで、これ以上のさらなる譲歩を求めるのは、いよいよ喫煙者弾圧運動のような様相を呈してくる。
一方で、乗車マナーうんぬん以前に、そもそも「なにをそんなにリュックに詰めて通勤しているのか?」という疑問が先立つ。
これが学生であれば、弁当や教科書や体操服などを運んでいるので、リュックサックを使用してもおかしくない荷物量だと容易に想像できる。
だがオフィスに向かって通勤している社会人の荷物は、それほどの荷物量になるものなのだろうか?
またそのリュックサックに入っている荷物は、本当に毎日職場と家の往復時に欠かさず持ち運ばなければならない荷物なのだろうか?
そこで通勤バックにリュックサックを使用している115人に、
・リュックサックに入っているもの
・本当に毎日オフィスにもっていかなければならないもの
の2つを問うた結果が下図だ。
まず「リュックサックに入っているもの」の所持率を表した青色の棒に着目すると、スマホ(67.8%)・財布(80.0%)・手帳(54.8%)・筆記用具(68.7%)・水筒(59.1%)が半数を超えている。
ところが、「絶対に毎日持ち運ばなければならないもの」(オレンジ棒)になると、過半数を越えているものは「スマホ」(67.8%)と「財布」(71.3%)の2つに激減した。
考えてみれば当然で、筆記用具は自分の席やロッカーに置いておいても、ほぼ支障はない。
水筒も、オフィスにウォーターサーバーを設置している勤務先なら不要だし、従業員用の冷蔵庫があるオフィスなら、なにも毎日重くて洗うのが面倒な水筒を持ち歩かずとも、近辺のコンビニで購入した飲料を冷蔵庫に保管し、マグカップを1つ持っておけば事足りる。
また「手帳」もスマホアプリで星の数ほどリリースされているし、「本・新聞・雑誌」も電子書籍や電子版に切り換えることで、スマホ内に納めることができる。
このように見ていくと、リュック派の多くが本当に毎日持ち歩かなければならないものは、「スマホ」と「財布」くらいなもので、リュックサックが必要なのかは疑問視される。
つまり何が言いたいかというと、「本当はリュックサックから自身を解放できるのに、惰性でリュックサックを背負い続けていないか?」ということだ。
なにかと満員電車内で槍玉にあげられるリュックサックだが、中身を整理し、毎日持ち運ぶものを選考し直すと、意外と手ぶらで通勤できてしまう事実が浮かび上がるかもしれない。
「手ぶら通勤」に寛容な社会が満員電車の解決を生む可能性も
手ぶらで通勤というと、顔を訝しめる方もいるかもしれない。
事実、筆者は20代の頃趣味に給料を突っ込み続ける貧困生活を送っていたので、バッグ自体をもっていなかった。
そのため職場には手ぶらか、どうしても持っていくものがあるときはやむなくレジ袋を手に提げて出社していたのだが、先輩から「おまえは職場をなめてんのか」と怒られたことがある。
だが手ぶらで通勤していて不自由を感じたことは一度もなかったし、その先輩自身も音楽プレーヤーやら何年前に購入したのかわからない飴やガムなど、ろくでもないものを持ち歩いていた。
意外と、手ぶらでもいけるのである。
むしろデジタル化、ペーパーレス化が進む現代において、「通勤にはバッグを携えて」という常識自体がすでに形骸化している可能性すらある。
これまでにもリュックサックが生むデッドスペースについて何度か触れてきた。
電車1両あたりの定員は150人で、これが乗客同士が密着するほどの乗車率になると、300人程度が1両の中に収まっていることになる。
リュックサックが生み出す0.5~1人分のデッドスペースを看過できないほど、満員電車事情はひっ迫しているのだ。
しかしデッドスペースを生むバッグは、なにもリュックサックだけではない。
その人の体の横幅、奥行きからはみ出すバッグは電車内にデッドスペースを生んでいく。
満員電車内にいる100人が手ぶらになれば、どれだけ車内のスペースが空くかわからない。
このように手ぶら通勤はいささか過激に聞こえるかもしれないが、「本当にバッグを携えて通勤する必要があるのか?」は満員電車に憂うつな思いをしている人全員が一考する必要がある問題だ。
まとめ
以上が今回の2024年時点の「前リュック」問題に関する調査結果だ。
おさらいがてら、本調査の結論をまとめておくと下記となる。
▼本調査の結論
・2024年時点では依然として「前リュック」は好感される持ち方
・「荷物棚に置く」は好感度1位だが、現実性の問題もある
・「手にもつ」や「足もとに置く」は意見割れる
・通勤時の荷物は思っている以上に減らせる可能性が濃厚
前リュックを批判する声が今回の調査でも見られはしたが、あくまで2割前後の少数派のため、まだ十分配慮のある行為として見られていることが確認できる。
ただしリュックサックの中身を整理し、本当に毎日持ち運ぶ必要があるものとそうでないものを仕分けすれば、リュックサックを毎日担いで出勤する必要性は意外とないかもしれない。
満員電車は、限られたスペースを300人で共有しあう状況だ。
もちろん空いているスペースがあれば新たな乗客が乗ってきてそのスペースを埋めてしまうことも十分考えられるが、より大きな目で見れば、理屈上は過剰な密度になる電車の本数は減ることなる。
乗客一人一人が荷物の体積を減らすことで、日本の満員電車はいまよりも少し優しい環境になるかもしれない。
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